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国道16号線−典型的な日本の郊外として知られるこの道路の沿線は、80年代後半から、社会を震撼させる事件が頻発し続ける、犯罪多発地域でもある。その理由は何か、国道16号とはどのような道路なのか。ネット心中や若者のメンタリティを数多く取材するルポライターが、豊富なフィールドワークで沿線住民の心象風景や消費行動をもとに、その実態を明らかにする。
1本の道路から、日本社会が抱える闇が見えてくる−−。
(配信 情報センター出版局)
ネット心中はR16からはじまった
◯始まりは入間市ケース

 「埼玉県に住む者です。一酸化炭素中毒で逝こうと思っています。今冬季に自殺したい方を募集しています」
 2002年10月。インターネットの「心中掲示板」で、無職の男性(26)が「月夜」といハンドルネームで書き込みをした。「心中掲示板」というのは、自殺系サイトの掲示板のひとつで、当時、私が確認していただけで2つの掲示板があった。自殺願望を告白したり、情報交換をする自殺系サイトとは区別して、「心中系」とされることもあり、心中相手の募集や願望などの書き込みが多かった。
 「月夜」が住むのは、埼玉県入間市下藤沢で、国道16号から県道463号を西武鉄道・武蔵藤沢駅方面に向かったあたりに住んでいた。この呼びかけに応え、実行したのは、船橋市の無職女性(24)と、川崎市の無職女性(22)で、3人のうち2人が、R16の住人だった。
 3人は、月夜の実家の近くにあった空きアパートの一室で、目張りをして、睡眠薬を飲み、練炭に火をつけて、一酸化炭素中毒で亡くなる。この呼びかけおよび実行が、今でも続く「ネット心中」の始まりで、「ネット心中」といえば、練炭自殺のイメージを作り出した。実際には、練炭自殺以外にも、首つり自殺、飛び降り自殺がある。
 「ネット心中」という言葉は、2005年の「ユーキャン新語・流行語大賞」の候補語60語のうちのひとつにもなるほど、社会的な関心が集まった。もともとは、2000年11月26日に、自殺系サイトで知り合った歯科医師と元OLの二人が福井県内で睡眠薬自殺をしたとき、読売新聞の見出しで「ネット心中」としていたことが最初だった。
 その後、2003年の入間市の集団自殺をはじめとした、インターネットでともに自殺する仲間を募集し、実行するケースが「ネット心中」や「ネット自殺」、「インターネット集団自殺」等と呼ばれたりした。「集合自殺」と名付けた評論家もいた。そして、私が拙著「ネット心中」(NHK生活人新書)を出すことで、「ネット心中」という言葉は定着していった。
 呼び名として、なぜ「ネット心中」だったのか。当初、私は「『心中相手募集』自殺事件」としていた(『創』 創出版 03年4月号)。しかし、その後、「心中」を2人以上の人が同時に自殺するという辞書的には2番目の意味で使い続けた。
 現在でもマスコミで使われることがある「ネット自殺」では、複数自殺の意味がないし、インターネットを利用した自殺ではあるが、ドクターキリコ事件のような毒物配送事件と形は違っていること、また、複数での自殺ではあるのだが、集団というほどの仲間的意味付けもない。同時に複数の人が自殺するという意味では「複数同時自殺」で、2004年度の厚生労働省の研究事業でも、「webサイトを介しての複数同時自殺の実態と予防に関する研究」としていた。しかし、「複数同時自殺」というのも長いし、同じ場所であることが曖昧になる。そこで、「心中」を使うことにした。
 さて「月夜」はどんな人物だったのか。彼が残した痕跡から考えてみる。もう一度、10月の書き込みを見てみよう。
 「一酸化炭素中毒で逝こうと思っています。今冬季に自殺したい方を募集しています」
 私はこの書き込みを「事件」後に見るのだが、それまで私が見てきた「自殺系サイト」の掲示板の内容とは違っていると感じた。多くの自殺系サイトは、自分の悩みを告白する「悩み相談型」と、死ぬ方法や薬の致死量、自殺するための道具がどこに売っているか等の「知識型」が多かった。「ネット心中」の呼びかけは、悩み相談はせず、知識のやりとりもない。決意しているから集まれといった、あえていえば「決意型」だ。さらに決意型というだけであれば、自殺予告もそれに該当するが、「他人を巻き込む型」でもある。
 
◯呼びかけのタイミングのシンクロ

 月夜の10月の書き込みに応じて、12月4日にも同じ掲示板内で連名で呼びかけたのは船橋市の無職女性で、ハンドルネーム「美夕」だった。船橋市もR16沿線である。その呼びかけのタイトルは「心中募集」で、
 「心中相手を探しております。方法は、練炭による一酸化炭素中毒死です。(中略)練炭・コンロ・睡眠薬・密封できる部屋。全て揃え終わりました。参加したい人には、睡眠薬などを差し上げます。ただし、女性に限ります。男性だと、トラブルや犯罪に巻き込まれる恐れもありますので。年齢は問いません。やっぱり、独りだと寂しいですからね。場所は埼玉県です。時期は、1月〜2月中を計画しています。本気の方お待ちしております」
 とあった。
 実は美夕は別の掲示板でも募集していたのだ。それは、「月夜」よりも早い2002年9月16日で、
 <今年4月に首になり、それいらい、80社位就職活動をしてきました。成果はなく無職の状態です。おかげで、日に日に精神的苦痛が強くなっていきました。就活がやになり、毎日ぼんやりとした日々です。
 私は、なにがなんでも、今年の冬中に自殺を決行することを決めています。6月から準備を開始しています。第一手段は、睡眠薬を使った一酸化炭素中毒死、失敗したら首吊りになるでしょう。一酸化炭素中毒死は安楽死ができることで、研究を続けています。(医者も安楽死できると認めている)今までは、両手首を切った未遂でしたが今度は確実にしたいと思っています。問題は、誰もいない廃墟や車を探していることです。そこで、締め切って木炭や練炭による中毒死を狙っています。また、真冬だと凍死の可能性もあるので期待しています。正直、死ぬのは怖いですが、生きていく方がもっと辛いので、絶対成功しなければならないと思っています。もし、心中相手募集をしている方がいるのなら誘ってもらえないでしょうか。複数人いると、色々と便利で、意見交換や、決行の時も、観光客のふりができるので、地元の人や警察の目をごまかすこともできると考えています>(原文ママ)
 美夕の書き込みは、月夜よりは、自分語りをしているものの、「決意型」であり、「また他人を巻き込む型」でもあった。月夜と美夕はほぼ同時に、今でも続く「ネット心中」の呼びかけで、当時としては「新しいタイプ」の書き込みをしていたことになり、そしてその2人ともR16沿線の住民だったことが、時代に翻弄されるR16の姿を映し出しているのではないか。
ー以降、後編に続くー
by webmag-a | 2006-08-15 06:00