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国道16号線−典型的な日本の郊外として知られるこの道路の沿線は、80年代後半から、社会を震撼させる事件が頻発し続ける、犯罪多発地域でもある。その理由は何か、国道16号とはどのような道路なのか。ネット心中や若者のメンタリティを数多く取材するルポライターが、豊富なフィールドワークで沿線住民の心象風景や消費行動をもとに、その実態を明らかにする。
1本の道路から、日本社会が抱える闇が見えてくる−−。
(配信 情報センター出版局)
桶川ストーカー殺人事件-前編
◯桶川ストーカー事件のR16的風景

 1999年10月26日午後0時53分ころ、埼玉県のJR桶川駅西口のロータリーを挟んだ東武ストア「桶川マイン」近くで、桶川市泉台に住む跡見学園女子大学2年の猪野詩織さん(当時21歳)が左胸と右脇腹を刺されているのが発見された。詩織さんは上尾中央総合病院に運ばれたが、出血多量で死亡した。いわゆる、「桶川ストーカー殺人事件」の発生である。
 国道16号は、東京都市部から半径30キロ〜40キロ圏をほぼ円状に東京近郊都市を結んでいる幹線道路であることはすでに述べた。また、同時に、都心部から地方へ伸びる幹線道路とも交差する交通の要所でもある。
 日本橋から新潟県新潟市へ通じる国道17号と国道16号が交差するさいたま市、上尾市、桶川市等の付近は、同時に、埼玉県の中心部およびその郊外をつないでいる。中山道の宿場町の古い町並みと、首都圏という近代的な生活がミックスされ、それを象徴するかのように、大型スーパーやブックオフ、カーショップ、リフォーム会社、そして、消費者金融等の「R16的」な風景で構成されている。



桶川ストーカー事件は、交通的には主に国道17号を利用していたと思われるが、国道16号を含む首都圏30〜40キロ圏を舞台として起きており、「R16的」犯罪のひとつであると位置づけられる。

 詩織さんは99年1月6日、地理的には桶川市からみて国道17号の沿線にあるものの、国道16号をまたいだ埼玉県大宮市(現・さいたま市)のゲームセンターで友人と一緒に楽しんでいたところに、のちにストーカー行為をする小松和人(当時26歳)ら2人に 声をかけられたことをきっかけに交際を始めた。
 小松は東京消防局板橋消防署で消防士を務めている兄の武史とともに池袋で7軒のファッションヘルスを共同経営していたが、詩織さんにはクルマのディーラーの他に貴金属や不動産も扱う青年実業家だと言っていた。収入は武史と折半で月に70〜100万円あったという。ディーラーを装ったのは、R16的な場所では、「ありがち」な職業でもあるからだろうか。
 付き合い当初、詩織さんは週に一度、食事やドライブに誘われる程度だったが、2月に入る頃になると、ルイ・ヴィトンのバッグやグッチのスーツなど100万円近くのプレゼントを押しつけられ、受け取りを拒否すると大声で怒鳴られる。また、教えていないはずの自宅の電話にもがかかってくる。
 ルイ・ヴィトンやグッチ等が女性の気持ちを惹き寄せると和人は思ったのだろうか。仮にそうだとすれば、消費・購買意欲の記号としてブランドがあったのかもしれない。
 日常はローカルな場所を車で移動し、その空間ですべてを済ますことができする。かつ、都心へも1時間以内で移動でき、常に都市を意識でき、消費意欲を駆り立てられる。場所としてのR16的な空間。その記号としてブランド品は、個性ではなく、「普通」になるための消費として記号化されたものでしかない。

◯ストーカー行為のはじまり

 しかし、詩織さんはそうした行動を不審に思う。付き合いに不安を抱き始めた3月中頃、詩織さんが和人の住むマンションに遊びに行ったとき、室内にビデオカメラが仕掛けられていた。和人にその理由を訊くと激怒し、和人は拳で壁を何度も殴って、泣きわめいた。
 その後、詩織さんは恐くなり、別れたいと言うと、和人は「俺に逆らうのか」「貢いだ100万円を返せ」「返せなければ風俗で働け」などと脅す。詩織さんは「交際を断れば殺されるかもしれない」という恐怖心を抱くようになっていく。
 3月30日、詩織さんは家族と数人の男女の友人に宛てた「遺書」まで書いた。その上で、和人に会い、別れ話を持ち出す。和人は別れるなら「家族をメチャクチャにしてやる」「親父をリストラさせてやる」「長男は浪人生だよな。次男はまだ小学生だよね」などと脅すような言葉を繰り返していた。
 6月15日、詩織さんは母親と一緒に埼玉県警上尾署に相談に訪れた。その際、前日のやりとりで、強迫されている場面を録音したテープを持参している。
 それを聞いた署員が「これはひどい、恐喝だ!」と言ったが、年輩の署員たちに「これは民事かどうか。ギリギリのところだ」「民事に首を突っ込むと、あとから何を言われるか分からないから、こちらも困るんですよ」と言われてしまう。
 同日、「プレゼントは返してもらっても困る」と和人が言っていたにもかかわらず、仲間の伊藤嘉孝(当時32歳)が猪野宅に電話をかけて、「田中」と名乗り、「プレゼントは全て送り返してください」と言ってくる。そして、これ以降、詩織さんが殺害されるまで毎日のように1日平均20回も無言電話がかかってくる。その後も、「別れたくない」「会いたい」と和人は言ってくるが、詩織さんは拒否し続けた。

◯殺害計画と、中傷ビラや書き込みも

 6月22日、和人は武史に相談する。武史は詩織さんの殺害を考え、小松兄弟が経営する風俗店の店長・久保田祥史に依頼する。久保田は給料等で優遇された恩を感じて、伊藤と川上聡(当時31歳)を誘って決行することにした、という。
 なぜ、「殺害」を計画したのだろうか。詩織さんが警察に相談したことを知り、「警察沙汰」になることを恐れたのだろうか。そのとき、自身の行動を「自制」する選択もあっただろう。
 しかし、「自制」ではなく、警察に相談をした詩織さんの「殺害」を選択してしまう。武史は、和人の「問題」を消去することで、問題解決を図ろうとした。R16的な地域は、人口流動が激しい。詩織さんを殺害さえすれば、和人とのつながりがなくなり、問題がなかったことになる、と考えたのだろうか。
 さらに、殺害に至るまでも、詩織さんを中傷するビラを自宅周辺にまき散らす。そのビラには、
 <WANTED 天にかわっておしおきよ!! FREEZE 猪野詩織>
 <この顔にピンときたら要注意、男を食い物にしているふざけた女です。不倫、援助交際あたりまえ>
 などの内容とともに裸の写真がプリントされていた。
 このビラは詩織さんの学校、父親の会社の塀にも貼られており、全部で約300枚あった。また、自宅の郵便受けにも約200枚投函されていた。
 さらに、7月20日ころ、都内で<大人の男性募集中>と記載された詩織さんの顔写真と電話番号入りのカードが大量にバラまかれたり、インターネットにも同様の書き込みがされるなどしている。インターネットでそうした中傷をする行為は、現在では、法律上の問題としても浮上している。しかし、当時はそこまで問題視される状況にはなかった。
 
 そして、犯行当日の10月26日午前8時ごろ、池袋で久保田祥史、伊藤嘉孝、川上聡の3人が集まった。川上の運転する車に久保田を乗せ、伊藤がリベロに乗って、国道17号を使って、国道16号との交差点を通過して、「R16的」な風景である桶川に向かったと思われる。午前9時、伊藤が猪野宅から少し離れた路上に車を停めて詩織の行動を見張った。
 午後0時40分、伊藤から久保田の携帯電話に、詩織さんが自宅を出て駅に向かっているとの連絡がある。川上は車を桶川駅の方へ移動して駅近くで久保田を降ろし、午後0時53分ころ、久保田は詩織さんが自転車を降りたところに背後から近づき右脇腹と左胸部を刺して逃げた。

◯殺人罪で逮捕。しかし、「ストーカー」本人は・・・・

 12月になって、実行犯の久保田と、武史、伊藤、川上の4人が殺人罪で逮捕される。つきまとっていた和人は殺人に関与していないとされたが、中傷ビラをまいたことによる名誉毀損で逮捕状が出て、指名手配される。しかし、1月27日、和人が北海道の弟子屈町の屈斜路湖において水死体で発見された。捜査本部は自殺と断定した。

 事件当初、週刊誌やワイドショーでは、「ブランド依存症の女子大生だった」「キャバクラ嬢だった」「風俗嬢だった」などと報道していたが、3月4日、『ザ・スクープ』(テレビ朝日)で「桶川女子大生殺害事件の真相 第1弾」が放送されたことを機に、この事件が「ストーカー」による犯罪であることと、上尾署の捜査ミスに注目が集まっていく。
 そして、埼玉県警が調査チームをつくり、報告書を提出。埼玉県警の刑事2課長の片桐敏男警部(当時48歳)、刑事2課捜査第1係長の古田裕一警部補(当時54歳)、刑事2課捜査第1係員の本多剛巡査長(当時40歳)の3人を調書改ざんの虚偽有印公文書作成容疑などで書類送検。懲戒免職処分とするなど厳しい判断をせまられた。
(後編に続く)

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by webmag-a | 2006-11-10 17:15 | 桶川ストーカー-前編