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国道16号線−典型的な日本の郊外として知られるこの道路の沿線は、80年代後半から、社会を震撼させる事件が頻発し続ける、犯罪多発地域でもある。その理由は何か、国道16号とはどのような道路なのか。ネット心中や若者のメンタリティを数多く取材するルポライターが、豊富なフィールドワークで沿線住民の心象風景や消費行動をもとに、その実態を明らかにする。
1本の道路から、日本社会が抱える闇が見えてくる−−。
(配信 情報センター出版局)
カテゴリ:「R16」とはなにか。( 1 )
「R16」とはなにか。
b0104568_12184070.gif●東京の環状線
 国道16号。東京都市部から半径30キロ〜40キロ圏をほぼ円状に東京近郊都市を結んでいる幹線道路だ。神奈川県横浜市高島町が起点でもあり、終点でもある。横浜から相模原、八王子、入間、川越、さいたま、柏、船橋、千葉、木更津を通り、海上区間(富津市富津〜横須賀市走水)を経て、横須賀から横浜まで戻るといったルートで、神奈川県、埼玉県、千葉県の県庁所在地=政令指定都市を結んでいる。
 かつて、群馬や長野から絹を運ぶシルクロードとも呼ばれた横浜街道(八王子—横浜間)があり、自由民権運動の「伝播の道」ともなったとも言われている。また、国道16号には、横田基地をはじめ、自衛隊の駐屯地があるなど、軍事的にも重要なルートとなるなど、交通の要所となっている。
 歴史的には、横浜〜横須賀間と、それ以外の区間とに分かれる。横浜〜横須賀間が国道に指定されたのは1887年(明治20年)だった。東京から横浜までの国道1号線(現在の15号)を延長する路線、としての位置づけだった。
 現在の国道の制度が出来た1952(昭和27)年12月4日、当初は横浜〜横須賀の区間のみが国道16号だった。1963(昭和38)年4月1日に国道129号(横浜〜千葉)、国道127号(館山〜千葉)の一部区間(木更津〜千葉)を吸収し、現在の形となった。現在では環状線となり、「東京環状道路(東京環状)」とも呼ばれたりする。
 主要な都市が沿線にあるため、電車網も発達している。そのため、私鉄等でも都心へ約一時間の距離で、ベビーブーム(1947〜51年)に生まれた団塊の世代を中心としたニューファミリーが多く住んでいる。また、国道16号周辺のファミリーレストランに行くと、家族がそろって食事をしているのを目にするのは珍しくない。そうした風景を目にすれば、家族が友達のように生活をするイメージがある空間だ。
 1980年代は、こうした郊外を取り上げるテレビドラマがヒットする。核家族間の交流や不倫がテーマだったテレビドラマ「金曜日の妻たちへ」(1983〜85年)が一時期話題となったが、その舞台となる「中央林間」は、やはり、国道16号沿いの神奈川県大和市だ。中山美穂の初主演の「明るい性教育ドラマ」と言われた「夏・体験物語」(1985年)も多摩地方のニューファミリーのストーリーだった。
 団塊の世代を中心としたニューファミリーが住む郊外の象徴となっているのが国道16号沿線およびその周辺であり、そうした地域を「R16」と呼ぶことにする。


● マーケティングの標本
 東京、東京近郊、そしてその周辺の道路交通網は、放射線状の伸びる幹線道路と、その幹線道路同士を郊外等で結びつける環状線とが組み合わされている。交通の要所でもあり、環状線となっているR16は、交通の便がよいために、生活や移動には地域に縛られない。しかし日常生活としては都市部にわざわざ来なくても、その地域で何でもそろってしまうかのようなショッピングモールも乱立している。
 さらに、いわゆる郊外型の大型店がR16から誕生する。本やCDの中古販売をする「BOOK OFF」は、R16沿線の神奈川県相模原市からスタートした。この「BOOK OFF」商法は、本やCDの価値を標準化し、商品が新しいかどうか、破損していないか、落書きがないか等で売買。これまでの古本屋が行っていた「主観的価値」を排除した。埼玉県春日部市から始まった「大塚家具」は、ディスカウント価格を明示して、値引きをしない方法をとった。
 一方、電車網が発達しているとはいえ、それは都市部と結び付けるものであり、日常生活や地域間の移動は車がないと不便。そうした地域のためか、自動車販売業も目立つ。
 古いデータではあるが、1996〜97年に行われた横浜市立大学経済研究所が共同研究プロジェクト「ロードサイド商業の展開」がある。同研究では、R16の、相模鉄道西谷駅(横浜市旭区)から相模原市橋本までの約20ポイントで、来店者への面接調査と各事業者に対する経営実態調査をしている。
 それによると、主な交通手段は、「自家用車」が64.7%と最も多い。そのためか、「駐車場がある」ことが重要と考えている人が約半数。他の商業地と比較して倍以上となっている。
 さらに、この地域には大型のショッピングモールがある。同調査でも、一度の買い物で、買い回る店舗数が「1店舗」が3割、「2店舗」が4割で、7割が1〜2店舗しか回らない。ショッピングモールの需要が大きいことがわかる。
 そうした消費意欲を現実的に支えているひとつとして、消費者金融のATMがあり、ショッピングモールのそばには必ずあるといっても過言ではない。消費を繰り返すことで、「人並み」の生活に近づけるかのような感覚を受ける。
 そうしたR16は典型的な日本人の消費生活を営む「郊外」である。たしかに、「郊外」は、日本全国どこにでもある。また、新幹線や高速道路は、主要な地方都市に「プチ東京」を作り出すのに成功した。さらに、その周辺には「プチ東京」の郊外を作り出す。
 しかし、R16はそうした郊外型生活の「見本」となる場所なのだ。R16が経済的なマーケティングの対象とされ、日本の「平均的生活」がつくられていく。消費生活を中心とした生活様式は、日本の平均的な生活として地方都市にも波及する。すべての消費生活の原点といっても過言ではない。
 つまり、消費生活のモデルがR16の生活なのだ。そして、日本全国へと飛び火していく。そうした消費動向は、日常の生活行動を規定する。消費者として生活をすることが中心になるのだ。


●R16の風景
 ところが、そうした標準的なR16にも闇があり、都市部へのコンプレックスも見え隠れする。完全なる田舎や地方に住んでしまえば、東京への憧れがあったとしても、「観光に行く場所」「遊びに行く街」として、東京的生活への諦めがつく。
 しかし、都心へ一時間圏内ともなるR16は、その中途半端さから首都圏に住んでいることのプライドを保ちつつも、都心ではないコンプレックスをも抱えて育っていく。R16の人々は新しさを求めながら、都市部と同化する憧れがあるのではないか。
 取材で、R16を車で走ったときの印象を一言で言うと、「機械的で匿名的なルート」といった印象で、駅前も各企業のアンテナショップのような店舗が多いことに気がつく。まるで、市場調査をし、データを「機械的」に入手しているかのようだ。「昔ながらの地域のお客さんが相手」ではなく、「調査に基づいたデータ通りのお客さん」が相手なのだろう。
 R16で起きる事件は、いずれも、そうした「匿名社会」の隙間が起因しているのではないか、と思わせるものが多い。犯罪の土壌となる要素が至る所にちりばめられている。一見仲良く見え、地縁血縁という「古きもの」から解放はされ自由を得たかのようだが、寄って立つものがなくなり、不安定な基盤の上に立つガラス細工のようになったニューファミリーという存在や地域との関係の希薄さ。都心への憧れとコンプレックス。交通の要所としての位置づけ。その微妙なバランスの中で生活している。
 それらのバランスが崩れれば、簡単にひずみが現れ、弱い者にはそうしたことに敏感だ。私は、生きづらさや自殺願望、自傷行為などをテーマに取材してきたが、そうした人々の中に、R16に住む人たちが多いことにいつも驚く。息苦しさ、生きづらさを最も早く感じやすいという意味では、R16に住む人々は、時代のカナリア的存在でもある。
 私が、R16に注目するのは、その時代を象徴するかのような新しい犯罪や一見、理解不能な犯罪等が起きているからだ。そしてそれらの犯罪から見え隠れするのは、日本社会が進化して行くなかでの「歪み」で、それが「犯罪」という形で先見的に現れる。
 R16で産まれる犯罪は、今後の日本を占うかのようなものばかりだ。単に代表する事件というばかりでなく、標準化された日本全国にその影響が波及し、コピーされるものばかりだ。まさに「標本」となるような事件なのだ。
 そうした「R16的犯罪」がなぜ起きるのか。たとえば、宮崎勤死刑囚による埼玉・連続幼女誘拐殺人事件(入間市、1989)をはじめ、ネット恋愛自殺ほう助未遂事件(さいたま市岩槻区、2001)やネット心中(埼玉県入間市、2003)千葉幼妻殺害事件(千葉市、2003)など、いずれも、時代を先取り、にぎわせた事件は、R16沿線で発生している。


●快適さと裏腹の犯罪
 こうした「郊外」が誕生したのは、1985年の「首都改造計画」といった国策によるところが多い。三浦展著『下流社会』(光文社新書)によれば、都心に機能が集中しすぎたために、郊外に分散させる計画で、都心に来なくても、郊外ですべてが買える。買えないものがあれば、インターネットで購入すればいい、という生活スタイルへの変化を促した。

「この計画が見事に実現しつつあるのが現在であると言える。つまり所沢あたりの人は東京に出てこなくても、西武やパルコもあるのだから、所沢で暮らせばいいじゃないかという状況になったわけである。それでも手に入らないものはインターネットで買えばよい」(p253)

 郊外は、その中でだけで生活できるポケット空間だ。そのポケット空間で足りないものを何で埋めようとするのか。その埋める方法によっては、犯罪に結びつくことがある。引用にもある「インターネット」や「商業拠点」は生活の快適さをもたらす。しかし、それらは、犯罪の舞台にもなり、快適さと表裏一体なものである。こうした生活を標準化させた舞台がR16であり、そこでのスタイルが全国に波及する。
 また、西村晃は『東京圏が変わる 消費が変わる』(PHP)で、「新陳代謝が相変わらず激しい」とR16空間を評した上で、次のように指摘している。

 「日本での悩みを見る上でも16号は、やはり『標本空間』である。…(中略)…プラス面もマイナス面もあわせて、まさに日本の縮図というべき特徴を備えている」(p234)

 その最大のマイナス面が、「R16的犯罪」であり、沿線での生活の中にある孤独感や匿名、機械的、画一的といったキーワードが見え隠れする。さらに、そのR16的犯罪は、新しさ、もしくは理解不能と思われる部分が備わっている。
 それはまさしく、今後の日本の先取りした「標本」としての犯罪である。つまり、それは、消費生活の市場と同じように、そこで産み出されたものは全国に飛び火する。快適な消費生活と裏腹な現代の事件を読み解くキーとなる、R16的犯罪は見逃せない。


参考文献
 三浦展『下流社会』光文社新書 2005年9月
 小田光雄『<郊外>の誕生と死』青弓社 1997年9月
 川野調志ほか『ロードサイドの商業新世紀』同友館 1999年8月
 西村晃『東京圏が変わる 消費が変わる』PHP 2001年5月
 西村晃『日本が読める国道16号』双葉社 1994年
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by webmag-a | 2006-05-31 09:59 | 「R16」とはなにか。